紅葉の映える日々。

Life is too short to drink bad sake.

あたかも普遍化されたかのように語られる情報が私を傷つける。

 

言葉の通りである。

一部の人間やネット社会では、「それ」ができて当然、できなければ問題ありのような文面を見かけることがある。

なぜかそれが私を苦しめるのだ。

 

そんなもの気にしなければいいのだろう。

しかし、それに傷つくということは私の内心が多かれ少なかれその意見に同意しているということなのだ。

今まで全く気にしなかったのに。

気にしないでも生きて来れたのに。

大学生になり、少し視野が広がったせいだろうか。

 

新しいモノを知った。新しい世界を知った。以前より人と交流するようになった。

しかし、しかし、「私」が。

「私」が傷つくのが怖い。私の良さが失われるのが怖い。

変なプライドが私に向かってくる。

だがこのプライドは私そのものなのだ。

たとえ愚かと言われようが、七十億人が変えた方がいいと言おうが、私には譲れない部分がある。

折り合いを付けた方がよりよい人生を送れるのだろう。

 

けれど、まずは自分で最善を考えよう。

誰かが言っていたなんてことこそ、自分で吟味しなければならないのだから。

自分の軸を。

自分の生き方を。

そうやって強く生きていきたい。

そう思った今日であった。

それではまた。

 

 

法治国家観の展開-- 法治主義の普遍化的近代化と現代化

法治国家観の展開-- 法治主義の普遍化的近代化と現代化

 
ノーマライゼーションの原理―普遍化と社会変革を求めて

ノーマライゼーションの原理―普遍化と社会変革を求めて